もうすぐ大学卒業


by solioque

Dream Comes True ~みんなへのご報告~

ついに、

ついに、


最大の夢をこの手につかみました!!!(>ワ<)


4月から教師として、晴れて教壇に立つことになりました。


今まで応援してくれたあなた、

支えてくれたあなた、

本当にどうもありがとう。



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先週、1次選考を通過した私立学校。

今日の午後、2次選考を受けに行きました。

門を入った守衛室に声を掛けると、私が来校することはしっかり伝達されていたと見えて、

「○○先生ですね、こちらへどうぞ!」

いや、「先生」って・・・・まだ決まってないから・・・・・(^^;)

30分の作文と20分のYG性格検査、そして、学院理事長、校長、教務主任の先生との面接が40分くらい。

採用人数は、常勤講師1人、非常勤講師1人。

本当に狭き門なんです。

非常勤でさえ、決まるのは難しい。


今日、私が選考を受けた時間帯は私1人だったが、後日に控えている人が何人かいるという。

まだまだ気は抜けない。


性格検査を終えて控え室で20分ほど待たされ、秘書室へ通された。

3人の面接官の前には、私の履歴書、さっき書いた作文、そして性格検査の判定の写しが用意され、すでに検討済み、という感じだった。

面接は、とても込み入った、具体的な質問をされました。

生活指導や進路指導、授業外の業務についてや生徒への接し方、生徒に望むこと、校則への考え、私学の利点、目指す教師像とその理由、英語の勉強方など・・・・・

3人とも、私の口から発せられる一言一句たりとも聞き逃すまいというほどの、固い表情だが、私もそれには動じない。


履歴書に細かい字で記入した私の経歴。

4年間、時間を有効活用していろいろな経験をしてきた。

教職に関係ない活動ほど、大事だと思って。

そこから得るものがたとえなくても、実行に移して経験した、という事実が最大の財産と自信になると思ったから。


「行動力があります」「やる気があります」って口ではどうとでも言えるけど、履歴書の特記欄が空白では何の説得力もない。

塾講師、サークル、ボランティア、インターン、留学経験、学校勤務、すべてについて詳しく訊ねられた。

嬉しかった。

どれも、自信を持って答えられる。それだけのことをしてきたから。

経歴から、私の生きかたや人柄を汲み取ってもらいたいと思い、正直に、丁寧に、明朗に答えた。


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小学校の頃から憧れていた、エアラインへの道。

世界各国の旅行客が降り立ち、飛び立つ空港で、英語を駆使しながら人と国の橋渡しをする仕事に、漠然とした憧れだけはしっかり抱いてた。

だから、英語だけは頑張ってきた。

それが一転。

一般社会から「隔離」された、学校という空間。

視線の先にあるものは、規模が全然違う。

母親は、当然のごとく驚き、反対した。

でも、そのときには迷いはなかった。

憧れだけを貫くより、もっと現実を見よう、自分の適性を考えようと思って、進路を決めた。

このときからすでに、「自己分析」「適性判断」を始めてたんだと思う。

そして、独学浪人して4年制大学に進んだ。

もし教職に就くことを考えなかったら、4大へのこだわりはそんなになく、業界への最短距離を選んでいたはず。


入学と同時に塾に就職。

会社を変えつつも、結局4年間続いている。

個人単位の「たかが塾」でありながら、生身の人間を教えることに異様な難しさを感じたこともあった。

本格的に就職活動を始める時期になって、はたと気がついた。

“教職の世界しか知らない”

ストレートに就職が決まるものだとタカをくくっていたこともあり、

「昨日まで“学生”でいながら、翌日から今度は自分が“先生”と呼ばれる立場になる」

ということを、少し怖く感じた。

自分が社会のことを何も知らないで、何の進路指導ができるのか?

そう思ったので、教職以外の社会との接点を持つよう行動した。

そうしたら、すごく視野が広がった。

迷いも生じた。

だから、一度すべてを白紙に戻し、まっさらな気持ちで就職活動を始めた。


最後まで悩んだ、エアラインと教員。

母親に相談した。

「どっちにも全力投球したら?」

いとも簡単な返事だったけど、それで踏ん切りがついた。

進んでいるうちに気持ちが固まるだろう、それまで同時進行させようって決めた。


今年の正月明け。

私的な事情で大打撃を受けた。

ショック死寸前かっていうほど、心身ともに傷ついた。

でも、やらなきゃいけないことがたくさん迫っていた時期。

自分の将来をしっかり考えるほうにエネルギーを使おう、と思ったとき、「もっと強い自分になりたい」って思った。

滅多なことでは凹まない自分に。

そんなにやわではないつもりだったけど、食べ物を受け付けなくなった自分の体に驚いたのも事実。

強くなると同時に、心の大きな人間になりたいって思った。

それには、スケールの大きな仕事がしたい。

本気でエアラインを考えた。

それから数ヶ月は、徹底して業界研究をし、マナースクールに通い、サービス業種に絞ってエントリーを続け・・・・・

5月。

第一志望の航空会社の、空港地上職員の募集が公表された。

書類提出は5月半ば。

通過したとして、選考のピークは6月。

教育実習の月。

究極の選択を迫られた。


何日も考えた。

4年間、忙しい思いをして履修した教職科目。

免許をとる最終段階に来てそれを捨てるか、

長年の憧れを捨てて、文字通り「憧れ」で終わらせるか。

どちらにしても、「捨てる代償」はとてつもなく大きく感じた。


「捨てる」ことを比較しても結論は出ない。

だから、視点を変えた。

自分にとって「働くこと」の意義、働き方へのこだわり、私ならではの充実感など。

そして、自分の将来像。

華やかな制服姿で搭乗案内や手続きを英語でこなし、オフシーズンに有給を取って、社員特典の破格の料金で海外に行きまくり、会社提携の高級ホテルに泊まっている自分。

毎日毎日変化のない環境で時間に追われながら、時には大きな声も上げながら、大勢の生徒を相手に格闘している自分。

それぞれの自分を3年後、5年後まで想像してみた。

そして、出した結論。

もう、迷いはなかった。

空港地上職員へのエントリーシートは、ダウンロードさえしなかった。

それからは、実習も含めて再び、教職路線まっしぐら。

でも、そう簡単にはいかなかった。

8月末の、東京私学適性検査。

この試験で好成績を取ることが、私学への就職の第一歩。

好成績を取っていても縁がない志望者は5万といる。

だからこそ余計に、芳しくない結果を出すと、かえって受験をしないほうがいいくらい。

この試験が、ありえないくらい難しい。

大学生最後の夏休みは、1ヵ月半毎日みっちり受験勉強。

行き詰って、大好きな人に相談をしても、やさしい言葉は返ってこなかった。

努力と挫折を繰り返してやっと教職に就いたその人は、励ますどころか私が余計に暗くなるほど、辛らつで厳しい言葉をくれた。

たった一人で頑張って受験を終えた。

手ごたえはない。

来年の就職は見込みなし、と悟り、秋採用で民間企業の就活を再開し、内定を得た。

第一志望だった母校への就職。

待って待ってやっと募集要項が発表され、これでもか、ってくらいエントリーシート作成を練る。

元担任の先生からのアドバイスも不要なほど完璧な書類を提出したが、50倍の倍率と選考基準との不一致であっけなく縁が切れた。

ことごとく、夢への道が絶たれていく。

「教職には就くな」という暗示なのか・・・・

「半端な難しさじゃない。お前には無理。もういいかげんあきらめるべき」

母親に言われた。

誰もが皆、夢を叶えられるわけではない。

妥協したり、断念せざるを得ないことだってたくさんある。

あきらめようかとも思った。


机の本棚から、教職関係の本をすべて片付けた。

高校時代からスクラップしている、教育関係の新聞記事も、処分しようかと思った。


大好きな人から言われた。

「本当に教職に就きたいんだったら、長期戦の覚悟と準備が必要」

このひとことで、気持ちがだいぶ軽くなった。

現役で就こうって思うほうが間違っていたのかもしれない。

内定をもらった会社にまず就職し、社会経験をしながら勉強して、何らかの結論が出るまで何年でもチャレンジしようって思った。

でも、この世界には年齢制限があるから、働く片手間の勉強で競争に勝ち抜くのも半端じゃない。

どうすればいいのかわからず、11月からは今の時期に精一杯できることをやってきた。

年明けも卒業後もずっと続ける心づもりで、ストレスにならない程度に希望を持ち続けた。


そして、手に入れた今度の内定。

選考結果の通知は1週間以内と言い渡されたが、即日の連絡。

それも、念願どおりの常勤としての内定。

現役で教職に就けるは、まず非常勤や臨時採用、うまく運んでも時間講師。

それが、契約でも時間給でもない常勤に就けたのだから、本当に快挙だ。


最後まであきらめないで本当によかった。

「努力は報われる」

この言葉は、たまたま運良く報われた人だけが口にする言葉だと思っていたけど、自分で身をもって実感した。


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終わってみると、あっという間だった。

野心も打算もなく、ただひたすら夢に向かって走ってきた。

自分のしたいこと、興味あることを次々と実現させているうちに、いつのまにか欲しいものをすべて手に入れていた。

丸1年、就職活動をした今年。

今日やっと、ピリオドを打った。



大学の友達の中にも、教員を目指して進学したり、教職浪人を決心して頑張る人がいる。

初めは目指していたけども、企業の内定が出た時点で進路変更をしたり、勉強を途中であきらめた人もいる。

あきらめずに続けている友達に言いたい。


あきらめることは、すべてがそこで終わることと同時に、それまでの自分の努力をすべて潰すこと。

自分があきらめさえしなければ、必ず道は続いている。

そのとき効果が出なくても、利点を見いだせなくても、経験したことはすべて財産になる。


これからも頑張るつもりでいる友達、どうかみんな、私の後に続いて欲しい。
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by solioque | 2005-12-08 15:00 | journal